覚せい剤中毒のヤクザが出所して再び姿を現した…。20年前の悪夢がよみがえる!

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覚せい剤中毒のヤクザが出所して再び姿を現した…。20年前の悪夢がよみがえる!

裏ネタ

なかぞの 0 6,746 2019/11/30

これは、私が酒屋で働いていたときの話です。
客商売に従事していると日頃からいろんな人と顔を合わす機会がありましたが、その中でも特に怖い人物と出会ったエピソードを、ひとつご紹介したいと思います。

あの男が帰ってきた

ある日、レジカウンターの前で納品伝票を書いていると、ひとりの客が入ってきました。
いかつい風貌をした、作業服姿のヤクザっぽい雰囲気の男でした。
年恰好は50代半ばくらいでしょうか。無精ひげを生やしていて、鋭い目つきをしています。
 
私が「いらっしゃいませ」と言っても、あからさまに無視するような態度で、入り口付近に立ったまま店内をじろじろと見回していました。
 
「社長おるか?」
 
男が声をかけてきました。くたびれた感じでありながら、どこか相手を威嚇するような響きがありました。
 
「今ちょっと出てますけど。何かご用ですか?」
「いや、ええわ。またあとで来るわ」
 
男はそれだけ言うと、肩を揺らしながら大股で店から出て行きました。
 
近所には土木作業員ばかりが暮らす建設会社の寮があり、そこの人間だろうと思いました。
普段からガラの悪い男たちが買い物に来ることはよくあったので、私はさほど気にしていませんでした。
 
30分ほどして、配達に出ていた店主の杉下信夫が戻ってきました。杉下は私の父の妹の夫で、血のつながりはありませんが、私は子供ころから彼とは何かと顔を合わす機会が多く、親戚の中では比較的好感を持てる人物でした。
公務員を辞めてブラブラしていた私に、酒屋で働いてみないかと声をかけてくれたのも彼でした。
 
私は店主に、先ほど来たヤクザっぽい男のことを話しました。
 
「誰やろなあ?まあええわ。あとでまた来る言うてたんやろ?」
 
彼は首をかしげましたが、とくに気にしている様子はありませんでした。
 
昼食を終え、午後の配達に行く準備をしていると、先ほどの男が店に入ってきました。
 
「おるか?」
 
私を見るなり、男はそう聞いてきました。
 
「はい。ちょっとお待ちください」
 
私は店主を呼びに行きました。
 
「おう。わしのこと覚えとるか?金本や」
 
男に言われ、店主は首をかしげました。
 
「覚えとらんかなあ…」
 
男はそう言うと、初めて笑みのようなものを浮かべました。
 
金本と名乗る男はレジカウンターの前まで来ると、
「20年前の話や」と言い、照れくさそうに笑いました。
 
「20年前、この店の倉庫に素っ裸で忍び込んだやつがおったやろ?あれ、わしやってん」
「えっ?」
 
一瞬、店主の顔が青ざめたように見えました。
 
「ああ、あのときの…」
「そうや。あのときは迷惑かけてすまんかったな。わし、シャブやっとったんや。あれからムショに入っとったんやけど、久しぶりここへ戻って来てなあ。今、そこの○○建設の寮に住んどるんや」
 
男はまた照れくさそうに笑うと、「ほな、たまに酒買いにくるさかい。世話になるわ」と言って軽く手を挙げ、店を出て行きました。
 
店主は呆然と立ち尽くしたまま、どこか遠くを見るように店の外へ目をやっていました。
 
「なんの話なんですか?」
 
私が恐る恐る聞くと、店主は「うん、じつはなあ…」と言って小さく溜め息をつき、店の外を見つめたまま話し始めました。

20年前の事件

杉下信夫は30歳になった年に勤めていた会社を辞め、実家へ戻ってきた。ゆくゆくは家業を継ぐため、二代目店主である父のもとで修業を始めた。
 
父からは経営のノウハウなどを学び、営業面のことは番頭の池崎から教え込まれた。
店頭での接客から配達、仕入れはもちろん、掃除のやり方や簡単な料理の仕込みまで徹底的に指導を受けた。
 
当時、店には立ち飲みカウンターとテーブル席がふたつあり、ちょっとした居酒屋のようなこともやっていた。朝っぱらから飲みに来る浮浪者まがいの客も中にはいたが、ほとんどは夕方以降にやって来る仕事帰りの客だった。
 
その夜、店内はほぼ満席で、いつになく賑やかな雰囲気に包まれていた。テーブル席のそばには大きなガスストーブが置いてあり、やかんの湯の中に徳利を入れて、注文した熱燗をさらに熱くして飲んでいる客もいれば、干し芋を持参して勝手に焼いて食べている客もいた。
 
たまにビールを瓶ごとやかんの湯に浸けてホットビールを作る変わり種がいたり、鼻水を垂らしながら飲んだりする客がいると、常連客のあいだからブーイングが起きることがあった。酔った客どうしが喧嘩を始めることもあった。だが、この日はそんな面倒を起こしそうな客はひとりもおらず、みな穏やかに飲み食いしていた。
 
「若社長、おでんちょうだーい!」
「はいよー!」
 
杉下信夫は器に熱々のおでんを盛り、テーブル席へ持って行った。
 
「ビールもう1本もらうわ」
 
カウンターにいた区役所の職員が声をかけてきた。
 
「はいはーい!」
 
信夫は冷蔵庫から大瓶を出して栓を抜き、客の前に置いた。
 
冷蔵庫の中の在庫がだいぶ少なくなってきたのを見て、信夫は妻に店番を代わってもらい、倉庫へ新しいビールを取りに向かった。
倉庫は店のちょうど裏手、店と背中合わせに建っている。レジカウンターの奥に細い通路があり、そこを通って外へ出ると、すぐに倉庫の裏口に行き当たるようになっていた。
 
倉庫の裏口は頻繁に出入りするため、南京錠を引っかけてあるだけで施錠をしていないことが多かった。
 
「あれ、おかしいなあ?」
 
信夫は首をかしげた。南京錠が地面に落ちていて、扉が全開になっていたのだった。
配達に出た番頭の池崎が、積み忘れに気づいて慌てて商品を取りに戻ったのかもしれないと思った。
 
倉庫の中へ入ると、しんとしていた。
 
「兄さーん。池兄さーん」
 
奥に池崎がいるかもしれないと思い、声をかけてみたが、返事はなかった。
 
調味料などを置いてある棚の前まで来たとき、信夫は思わず息をのんだ。
あまりの衝撃に、その場に立ちすくんでしまった。
見てはならないものを見てしまった気がした。棚を通してその向こう側に、にわかには信じがたい光景があった。
 
全裸の男が、こちらを向いて立っていた。まるで生身の人間そっくりに精巧に作られた人形か何かのように、微動だにせず仁王立ちしていた。目はカッと開いたままで、息もしていないように見えた。男の体には、首の下あたりから足首までびっしりと入れ墨が入っていた。大きく垂れ下がった陰部だけが、独立したひとつの生き物のようで、今にも動き出しそうに見えた。
 
信夫は恐怖心を必死に押し殺しながら、足音を立てないようにじりじりと後退りすると、扉の前まで来たところで一気に倉庫から飛び出した。そして大急ぎで通路を走って戻った。
 
「えらいこっちゃ!」
 
店のレジカウンターに手をつくと、信夫は大声で叫んだ。
客の7割くらいが何事かと彼のほうを見た。
 
「林さん、ちょっと来てくれませんか!」
 
常連客の中でいちばん男気のある、電気工事士の林を呼んだ。
 
「なんや?どないしてん?」
 
林は驚いた顔で聞き返してきた。
 
「倉庫に、全身入れ墨の男がおるんや!」
「なんやて!?」
 
林が声を上げると、周りにいた客のあいだからもざわめきが起こった。
 
信夫に案内され、林は緊張した面持ちで倉庫に足を踏み入れた。
 
「あかん、こらあかん…」
 
仁王立ちしたまま微動だにしない男の姿を見た瞬間、林はそう口にした。
 
「警察や。すぐ警察に電話せえ!」
 
「はい!」
 
信夫は大急ぎで店に戻った。
 
林はしばらくその場に立って男の様子をうかがっていたが、大きく溜め息をつき、「あかん、こらあかん」とひとりごちて首を横に振ると、倉庫を出て、南京錠で扉を施錠した。

現場検証

警察はなかなか来なかった。店にいる全員が焦っていた。信夫の両親も店に出てきて、硬い表情で事態を見守っていた。今にもあの男が動き出して、ここへやって来て何かしでかすのではないかという不安が、そこにいるすべての人間を包み込んでいるようだった。
 
「いつまでかかっとんのや…」
 
配達から戻ってきて事件のことを知らされた番頭の池崎が、イライラした様子で、店の表に出て警察の到着を待っていた。
 
ようやくパトカーが駆け付けると、客たちが警官に向かって口々に文句を言った。
林が若い警官の前に出て、「何しとったんや。40分やぞ。通報してから40分もかかっとるぞ!」と、腕時計を指し示しながら強い口調で言った。
 
信夫と林が警官ふたりを伴って倉庫へ向かった。
 
「あー、シャブやっとるなあ」
 
年配の警官が、仁王立ちしている男を見るなりそう口にした。
 
「あとは我々でやりますさかい、店に戻っといてください」
 
警官に言われ、信夫と林は倉庫を出た。
 
10分ほどして、男が警官ふたりに連れられて出てきた。男は毛布のようなものを着せられていた。顔には相変わらず表情というものがなかったが、足取りはしっかりしているように見えた。
 
店の前には大勢の野次馬が集まっていた。「町の広報部」とか「特大スピーカー」とか言われている米屋の主人が、常連客や番頭の池崎に声をかけ、耳ざとく情報収集していた。明日の朝には町じゅうに事件のうわさが広まっているに違いなかった。
 
そのあと、簡単な現場検証がおこなわれた。
男は手錠をかけられた状態で警察官に連れられ、倉庫に侵入したときの道順をたどらされた。男が、自動販売機のすぐ横にある細い路地を通って店の裏手へ回り、施錠されていない裏口の扉を開けて倉庫に侵入したことがわかった。男は初めから全裸だったわけではなく、路地を通る途中で脱ぎ捨てて行ったそうだ。
 
後日、警察官が店を訪れ、覚せい剤取締法違反の容疑で男を逮捕したことを信夫に伝えた。
あの事件の翌日から、倉庫の裏口の施錠が徹底されるようになったのは言うまでもない。

悪夢、再び!

話し終えた店主は、ふーっと重たい溜め息をつくと、不安そうな表情を浮かべました。
 
「そんな怖いことがあったんですかあ…」
 
私も思わず溜め息をこぼしました。背筋が冷たくなる思いでした。
 
「あの金本っちゅうおっさん、また店に来るかもしらんけど、いつも通りの接客をしたらええからな。あの歳になって、もう暴れたり喚いたりする力は残ってないやろ」
 
店主は言うと、口もとに皮肉な笑みを浮かべました。
 
次の日、金本はさっそく店にやって来ました。店主から例の話を聞かされたあとだったので、私はつい身構えてしまいました。しかし、金本が粗暴な態度を見せることはなく、私にも気さくに話しかけてきました。
 
その後もたびたび店を訪れ、パック酒やおつまみなどを買って帰りました。
私もそのうち金本と接することに抵抗感がなくなっていき、道で会えば気軽に挨拶し合う間柄になっていきました。
 
ところが、悪夢は再び現実になってしまったのでした。
 
ある日、私がひとりで店番をしていると、すぐ近くから男の喚き声が聞こえてきました。外へ出てみると、金本がこっちへ歩いてくるのが見えました。彼はえらく気が立っている様子で、肩を大きく揺らしながらカップ酒の自動販売機の前までやって来ました。
 
「おーい!これどないなっとんねん!おーい!」
 
金本が怒声を上げました。
私が慌てて出て行くと、「おいっ!金入れたのに戻ってくるやないかいっ!どないなっとんねん!」と鬼のような形相で怒鳴りつけてきました。
 
見ると、金本が手にした千円札はクシャクシャに折れ曲がっていました。
 
「札が折れ曲がってると、うまく入らないことがあるんです…」
 
私は恐る恐る言いました。
 
「なにっ?わしが悪い言うんかっ!それやったら、ちゃんと書いとかんかいっ!」
 
金本は自動販売機を蹴とばすと、私のほうへ向かってきました。
 
「すいませんっ。綺麗なお札と交換しますので」
 
なぜ私が謝らなければいけないのかと思いながらも、「すぐ交換しますので」と言い、手を差し出しました。
 
「やかましいわいっ!おんどれ、わしをなめとんかっ!!」
 
金本はなぜかさらに怒り出し、猛獣のような怒声を上げました。
私は慌てて店内に逃げ込みました。
 
「おらー!この店に火ぃつけたろかー!!」
 
金本は店の中まで入ってくると、島陳列されたパックの焼酎を足で蹴り、なぎ倒しました。
 
「あんた!何やってんの!」
 
店主の奥さんが飛び出してきて声を上げました。奥さんは小柄で可愛らしい雰囲気の人ですが、気丈で、物事をはっきり言う女性でした。
 
「何やってくれてんのん!あんた、今日ちょっとおかしいで!」
 
奥さんが一喝すると、金本はハッと我に返ったように、その場に呆然と立ち尽くしました。
 
「すまん…。わし、どうかしとったわ…」
 
金本はそう口にすると、とぼとぼと店から出て行きました。先ほどまでの勢いはかけらもなく、その後ろ姿はまるで別人のように小さく見えました。

平穏な日常

そのあとから、金本はぴたりと姿を見せなくなりました。
暴れたことを彼なりに反省し、店に顔を出しづらくなったのかと思いましたが、そうではありませんでした。
 
金本が逮捕されたと聞かされたのは、それから1ヵ月ほど経ったときでした。
同じ建設会社の寮に住む作業員が店に買い物に来た際、その話をしてくれたのでした。
金本は作業現場で暴れ出し、同僚を殴って重傷を負わせたということでした。
 
「あいつ、シャブが抜けとらんかったんやろ。たまに様子がおかしなるときがあってなあ、周りの人間も迷惑しとったんや」
 
作業員の男は金歯を覗かせてニコッと笑うと、「ほな、また来るわ」と言って帰っていきました。
 
金本が逮捕されたことで、なんとなく平穏な日常が戻ったような気持ちにはなりましたが、また10年後、20年後にふらっと姿を見せるのではないかと考えると、かすかな不安が胸の内にせり上がってきました。
 
しかし、その頃にはもう、私はこの店では働いていないだろう。
ふと、そんな気がしました。



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この記事を書いた人

なかぞの

大阪府生まれ。22歳で文芸同人誌に参加。文学・アート系雑誌での新人賞入選をきっかけに作家業をスタート。塾講師、酒屋の配達員、デリヘルの事務スタッフなど様々な職を転々としたのち、現在はフリーライターとして活動中。足を踏み入れるとスリルを味わえそうな怪しい街並み、怪しいビルの風俗店を探し歩いている。

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