昨年12月、塾講師時代の先輩Sさんと大阪の東中島を探索したときのことは前回のコラムで紹介した。
ところがその1週間後、私は急に体調を崩し医療機関を受診。なかなか厄介な容態で、抗生物質を10日間服用して何とか落ち着いてはきたものの、依然体調がすぐれないまま新年を迎えたのだった。
恵美須町あたりを探索
感染症の後遺症により右耳の聴力が低下。耳鼻科の先生から「必要な場面でだけ使ってみるのもいいかもしれませんねぇ」と補聴器を使うことを提案され、イヤホン型の補聴器を購入した私。現在は少し聴力が戻ってきているが、必要に応じて補聴器を装着して生活している。
「大変やったねぇ。やっぱりあの店で感染したんかなぁ?」と心配そうな顔で言うSさん。
「それ以外に考えられないです。あのあとどこにも遊びに行ってませんから」
私は韓国人の売春婦とセックスしたことを少しばかり後悔した。あの韓国人女性から感染したのか、あの部屋自体が不衛生だったのか、どちらかはわからないが、悪い菌をお土産にもらってきてしまったのだろう。※性感染症ではありません。
しかしそれでも懲りずに、2025年3月半ば、私とSさんはまた次の裏風俗探訪に向かったのだった。
「こんなことをしてる自分がつくづくアホに思えてくるねぇ」
「そうですねぇ」
そう言ってふたりで笑いながら向かった先は、大阪メトロ堺筋線の「恵美須町」。千日前線の「日本橋」から堺筋をまっすぐ南へ下りていくと「恵美須町」に行きあたる。地理的には浪速区日本橋のちょうど真ん中あたりに位置し、通天閣へは徒歩5分の場所だ。
このあたりは風俗店は少ないが、昔から原盤屋の事務所や店舗が密集している地域で、同じ雑居ビルの中に海賊版や無修正DVD、児童ポルノなどを専門に扱う店が10軒以上入っていたこともあった。近年は危険ドラッグを販売する業者もちらほら見かける。
2019年の春、恵美須町駅周辺で営業していた無修正DVD販売店7店舗が一斉摘発を受けた後しばらくは、このあたり一帯の同業者がみな軒並みに姿をくらませてしまったようだったが、今では何事もなかったかのようにもとの穴倉に戻って営業を再開している。
原盤屋へ情報収集に立ち寄る
この日、Sさんがどうしてもと言うので、海賊版を扱う店を覗いてみることになった。オタク向けのアニメグッズ専門店の向かいの古いビルの中へ足を踏み入れると、廊下の中ほどのドアの前でSさんが立ち止まった。細い透明のガラス窓から店の中を覗くことができた。
店内の金属製の棚には、AV作品のパッケージを印刷した小さなパネルが無数に並んでいた。そのパネルをレジへ持って行けばDVDを購入できるシステムになっている。
この店で販売されているAV作品は半数以上がモザイク有りのものだ。AVメーカーやレーベルから流出したマスター(正規販売される前の原盤)を違法にDVDにコピーし、1枚200円前後で販売しているわけだが、これがいわゆる「原盤屋」と呼ばれる商売なのだ。
Sさんは情報収集のためにこの店を訪れたようだった。私がDVDの棚を見て回っているあいだ、レジカウンターの前で60がらみの店主の男と立ち話をしていた。
「えっ、復活してたんですか?」とSさんの声が聞こえ、そのあと「1回捕まったくらいでおとなしく引き下がる連中とちゃうがな」と言う店主の笑い声が聞こえてきた。
2019年に淀川区西中島で摘発されたエステ(エステを装った売春店)が日本橋でこっそり復活していたそうだ。かつて淀川区内のマンションで3店舗営業していたその違法エステ。10年間でおよそ2億6000万円を売り上げていたというが、それがはたして「儲かっていた」ことになるのかどうか私にはよくわからない。
現在は大阪メトロ千日前線の日本橋駅からほど近い場所にあるマンションの一室で営業しており(梅田や京橋にも姉妹店があるらしい)、建て前はエステということになっているが、相変わらず違法なサービスを提供し続けているようだ。
「そのうちまた摘発されるかもしれんから、今のうちに行っといたほうがええわ」と原盤屋の店主は言った。
「たまにこういう怪しい店ができると、なんかうれしくなるねぇ」
ビルから出たところでSさんが言った。私も同感だった。
中国化する怪しい街並み
堺筋をさらに南へ下り、大阪環状線の「新今宮」あたりまで来た。
このあたりはもうほとんど〝中国化〟してしまっていると、Sさんは苦笑いを浮かべ、日本人風俗やメンズエステの類はほぼゼロの状態で、「こんなとこわざわざ足を運ぶ気にならんわ」と言った。
この15年くらいのあいだに中国人が経営する店が軒並みに増え、その一角全部が中国人のカラオケスナックになってしまっている場所もある。そういったカラオケスナックの中にはセクキャバなみの性的サービスをしたり、売春をあっせんする店もあり、万博開催をひかえた今年の春先に摘発される事案が相次いだ。
「かつては日本人の女の子がいる売春宿みたいなものがあって、そういうところにこっそり足を運ぶのが楽しかったんやけど、今ではこのありさまでねぇ……」
そう言って、Sさんは嘆いていた。
マンション全室がマンヘルだった時代
私たちは休憩がてら堺筋沿いのマクドナルドへ入った。以前はこの近くにバーガーキングがあって、日本橋の「クラブミラノ」という中国人風俗へ行く前にそこで腹ごしらえをしていくのが私のいつものお決まりのパターンだったのだが、コロナ騒ぎ以降は足が遠のいてしまっていた。
店を出ると恵美須町駅まで引き返し、「不夜城(←ここもなかなか怪しくて面白いビルです)」の前を通って大国町へ向かった。大阪メトロの大国町駅から少し離れて住宅街へ入る手前の交差点まで来たところでSさんが立ち止まった。
「ここのマンションは昔、ほぼ全室マンヘルやったんよ。店自体は4店舗くらいやったと思うけど、各フロアにずらーっとプレイルームが並んでてねぇ……」
築50年以上経っていそうな古いマンションだった。こんな人通りの多い交差点のそばに、ほぼ全室ヘルス店のマンションがあったという現在では考えられないような話に、私も驚きを隠せなかった。
「最初は普通の住人ばっかりやったらしいけど、空き部屋が増えだしたときに大家が風俗可物件にしたらしくてね。そしたらマンヘル業者が入ってきて、そこが繁盛しだして、いつのまにやらプレイルームだらけになっていったらしいわ」
「マンヘルだらけになったあとも、まだ普通の住人も住んでたんですか?」
「2、3人は住んでたみたい。隣近所が全部プレイルームやったから、朝から晩までエッチな声を聞きながら生活してたのかもねぇ」
そう言って、Sさんは可笑しそうに笑っていた。Sさんが知るがぎり、この近辺にはマンヘルが営業していたマンションが4棟あったという。彼も20代の頃によく通っていたそうで、その当時のことを懐かしそうに語ってくれた(そのときのエピソードはまた別の機会に紹介したいと思う)。
かつて大国町と新大阪はマンヘルのメッカだった。とくに大国町は2000年代の初め頃まで客足が途絶えることがなかったと言われているが、その後は景気の悪化や住民による反対運動、風営法の改正などの影響で下火になっていった。そうしたマンヘルの一部は日本橋や塚本あたりへ流れて行き、愛好家たちに支持されたが、2015年までには完全に姿を消してしまった。
日本橋には、近年多くの外国人観光客が訪れる大阪の人気観光スポットである「黒門市場」があるが、その周辺でもかつて多くのマンヘルが営業していた。
どう見ても買い物客ではなさそうな男たちが近隣のマンションへ出入りするのを、黒門市場の八百屋や魚屋の店主が胡散臭いものを見るような顔つきで見ていたという話を聞いたことがある。
現在、黒門市場周辺のマンションではメンズエステが営業していることが多く、中には違法なサービスを提供している店もあるそうだから、マンヘルが営業していた頃とさほど実態は変わっていないと言ってもいいのかもしれない。
美女に出迎えられ茫然とする
前回のコラムで触れた、例のスナックのママが経営していたピンサロが、大国町でメンズエステに業態を変えて営業しているということで、この日、Sさんと私はその店で遊んで帰ることにしたのだった。
Sさんが事前に予約を入れてくれていたので、待ち時間もほとんどなかった。駅から徒歩15分くらい歩いた場所にある真新しい感じの高層マンション。
店舗の受付がある一室を訪れると、「あらー、お兄さん久しぶりやねぇー」と気さくな感じの丸々と太ったおばさんが出てきた。この人がどうやら例のスナックのママらしかった。
しばらく世間話をしたあと、プレイ料金24,000円を支払った。60分でこの値段はちょっと高いなぁと思ったが、この日は私の病状を気遣ってくれたSさんがおごってくれるということで安心して遊ぶことができた。Sさんに案内され、同じマンション内のべつの階にあるプレイルームへ向かった。
インターホンを押すとすぐにドアが開き、40代前半くらいの普通の主婦といった感じの女性が出てきて、私たちを室内へ案内してくれた。けっこう広い間取りの部屋で、個室のプレイルームが2つあった。ボディーソープのようなほのかな香りが室内に充満していた。
奥のプレイルームから出てきたもうひとりの女性を見て、私は思わず息をのんだ。なかなかの美人だった。女優の比嘉愛未ぽい感じの、どことなく南方系の顔立ちの美女だった。
「どうぞー」と笑顔で彼女に案内され、私はプレイルームへ入った。ルックスだけでなく声まで綺麗だなぁと思った。Sさんは先ほどの普通の主婦ぽい女性と仲良く手をつないで、もうひとつのプレイルームへと入って行った。
メンズエステの皮をかぶった違法マンヘル
Sさんからはメンズエステだと聞かされていたが、やはり想像していた通り実態はマンヘルそのものだった。
ベッドにうつ伏せに寝かされて服の上から軽くマッサージをされたあと、すぐに服を脱がされ、股間のイチモツをおしぼりで丁寧に拭われた。ひょっとしてピンサロみたいに口で抜いてもらって終わりなのでは? それで24,000円はさすがにぼったくりだろ。そんな一抹の不安がよぎった。
シャワーもなかった。バスルームはあるはずだが、そこへ案内されることはなかった。前回のことがあったから、私はちょっと躊躇した。また厄介な菌をもらったりしないだろうかと、さらに不安になった。
しかし、それは私の杞憂に過ぎなかった。「比嘉愛未」似の彼女はそそくさと服を脱ぎ全裸になると、「シャワー行きましょうか?」と言ったのだ。私は状況がよく飲み込めず、「はい」と空返事をし、彼女に付いて行った。
バスルームでしっかり体を洗ってもらった。洗いながら、彼女は体を密着させてきた。胸は小ぶりだったがヒップラインがすごく綺麗で、私がさりげなく手を伸ばすと、彼女は「フフッ」と笑い、いやらしい目で私を見つめながらイチモツを愛撫してきた。
さっきおしぼりで拭いたのは何だったのだろう? 性病に罹っていないかどうかを確かめるために客の男の陰部をさりげなくチェックする嬢はいるが、そういうチェックの一環だったのだろうか? そんなことを考えているうち、いつの間にやら私のイチモツはフル勃起状態になっていた。
美女との「69」に大興奮!
プレイルームに戻り、ベッドに腰を掛けるや否や彼女が私を押し倒し、覆いかぶさってきた。いきなりディープキスで舌を入れてこられ一瞬戸惑ったが、こんな積極的なプレイはかなり久しぶりだったので、私も俄然やる気が湧いてきて、それに応じ返した。
彼女は私のイチモツを片手でしごきながら、乳首を舐めまわしてきた。私も彼女の背中や尻を撫でまわしてやった。彼女がおもむろに体勢を変え始め、尻を私の顔の前に突き出し、勃起したイチモツをすっぽりと咥えた。私は10数年ぶりの「69」に興奮を隠せなかった。
「ジュポッ、ジュポッ……」といういやらしい音の合い間に、「あ、フぅ~ん」という彼女のかすかな声が漏れ聞こえてくる。私は彼女の大きな尻を手でつかみながら割れ目に舌を這わせ、愛液があふれてくるのを目で楽しんでいた。
彼女の舌先が亀頭を刺激し始め、我慢が限界に近付いてきた。このままだと挿入する前に彼女の口の中で果ててしまうと思い、私は目の前にある彼女の尻を持ち上げ、上体を起こした。彼女がフェラをやめ、自ら仰向けになった。
枕元に置いてあったコンドームを装着し、正常位で挿入した。溢れ出した愛液で彼女の陰部はべっとりと濡れていた。腰を動かし始めると、「あっ、あっ、あっ…あ、ぅん」と彼女はひかえめな声を漏らして喘いだ。
やっぱり綺麗な子とセックスするのはいいな、と思った。少し顔を横に向け、何かに耐えるようにじっと目を閉じたまま喘ぎ声を発し続けている彼女にたまらなく興奮する。さっきのフェラチオですっかりやられてしまっていた私は、もうちょっと彼女のこの顔を見ていたいなぁと思いながらも、我慢できなくなり、フィニッシュしてしまった。
まだだいぶ時間は残っていたが、私はすっかり気が抜けたような状態になってしまい、しばらく仰向けのままぐったりしていた。彼女が私の腋の下に頭を入れ、添い寝をしてくれていた。
ふたりでたわいもない世間話をした。彼女は以前はイベントコンパニオンの仕事をしていたらしい。
「レースクイーンみたいな感じの?」と聞くと、彼女は「車関係は今まで1、2回しかやったことなくて」と言った。
「おもちゃショーとかゲームショーとか、そういう、どっちかというと子供とかファミリー向けのイベントが多かったです」
そう言って少しはにかんだ彼女の笑顔が、この日見たうちでいちばん素敵だった。
そろそろ潮時…
時間いっぱいまで待たずにプレイルームを出ると、Sさんが玄関先に置いてあった丸椅子に座って待っていた。
「早く終わったんですねぇ?」と私が言うと、「いやぁ、この歳になると体が言うこと聞いてくれないことがあるんよ」とSさんは恥ずかしそうに頭をかいた。どこか冴えない表情だった。
60分24,000円は決して安いとは言えないが、あんな綺麗な女の子とセックスができるのならじゅうぶん妥当だろうと思った。私はあらためてSさんに礼を言った。
マンションを出て駅へ向かう途中、Sさんの足取りは重たそうに見えた。信号待ちで、彼は大きな溜息を漏らした。
「こういう遊びも、そろそろ潮時かなぁ……」
Sさんが私のほうを見て苦笑いした。私も、それにつられて苦笑いを浮かべた。