お金のために、この仕事しているようにはみえないけどなぁ。
なんてゆうかこうさ、うまくいえないんだけれど、欲っていうのをあんたからはまるで感じないんだよねー。
上からぬるっとした言葉がふってきて、おいおい余分なことしゃべんなよという面持ちで顔を上げるも、上げたと同時、やっぱりお客さんの屹立は頼りなくなり挙句、芋虫状態に戻り、芋虫を支えながらはぁとため息をつく。
「……、あ、はい。そうですね。確かにお金のためじゃないですね。生活に困ってるわけでもないし、昼間も働いていますし。旦那だっているし……」
じゃあ、なんでこうしたことをしているのでしょうねぇ。語尾は右に上がりだからお客さんは、それ俺が訊きたいほうなんだよといわんばかりに顔をしかめる。
「だれかに抱かれたいときに出勤するとかそういうこと?」
いやまさかそれはないかなとおもい首を横にふる。
「暇だから? 暇つぶし?」
芋虫から幼虫になる。男はなんというか考えごとをするとまるで使い物にならないな真っ直ぐなんだなと男の心理を痛感する。
「うーん」
暇だから。そうだけどね。暇つぶし。確かにそうだよ。的を得ている回答にもはやうなずくしかない。
「ミミちゃんさ、もっと自分を大事にしたほうがいいよ。なんていえる立場じゃないけれどね」
わたしはなにもこたえなかった。とりあえず、幼虫を無事成虫にしてあげないとならない。そして、最後は脱皮。
ちょと集中してくださいよ。と真顔でいい、必死に咥える。
滑稽だった。裸で、それもお尻をあげながらお客さんの股のあわいに入り、棹を咥える。ジュルジュルと故意に音を立てていやらしさを煽り、なるべく早く射精感を導くようにする。
「うっ、」
口の中がだんだんと占領されていく。肉の塊に。肉は暴れ徐々に脈を打ちはじめ、決壊の合図を教えてくれる。
渾身の一打といっても過言ではないというほど緩急をつけ肉をこする。
白濁した精液がわたしの口の中にどばっという音がこぼれてきそうな勢いで放出を決めた。
精液はだれもかれも味が異なる。異なるけれど、総じて気持ちの悪い異物としてしかおもえない。たとえそれが愛する人のものであっても。
「欲がないってさ、なんでなの? 性欲以外もないの? そうだなぁ。たとえば食欲とかさ。ほら、女性だったらスイーツ欲とかさ。うちの嫁さんなんはそのスイーツ欲ってやつで、お取り寄せのスイーツとかばかり頼んで食ってブクブク太っていくよ」
ははは。三回目くらいあっているお客さんだけれど、名前もしらないのに、その奥さんにまつわる情報のほうがわたしの脳内にたくさん収集されていく。
「ないなぁ」
ほんとうになにもない。なにも欲しくない。なにもしたくない。息をするのもめんどくさい。とびきり濃い濃度の缶チューハイが呑みたくて口が渇いてしょうがない。
わたしは、ほんとうに、なぜ、いちいち、お金もそんなに欲しくないし、性欲だってあるわけではないのに、フーゾクの仕事をしているのだろう。
「多分、」
箱ヘルは箱の中にいるみたいだから箱ヘルというんだなとぼんやりとした頭で考える。
暖房を切ったほうがいいかもしれない。多分? お客さんが、わたしの話の先をうながすように口を開く。
「昔からの癖です。きっと。わたしは、この業界に一八歳で入りました。……、さ、最初は遊廓でした。遊郭で処女を失ったんです」
うわっ、重っつ。つい重たい過去を口走ってしまった。お客さんは、あこれはまずい訊いちゃいかんやつかもというバツの悪い顔をしつつ苦笑いをする。
「親に捨てられたんですよ。わたし。施設で育ちました。父親から虐待を受けていて母親は他の男と駆け落ちをしました。だから。高校もでてないんです。中卒ですぐに施設をでて働きはじめました。それからがもう転落ですよ。男に翻弄される日々がつづきました。最近です。やっと落ち着いたのって。あいや、まだ落ち着いてないですよね。こうしてここにいるんですから」
口からはデタラメな単語が飛びでてきてわたしはなぜか小説家にでもなった気がしてならない。
な、わけないし。とはいえないくらい目の前のお客さんはドン引きをし、そして憐憫な目を向けてくる。
カバンから財布を取り出し、はいこれ。と万札をわたしに渡す。
「な、なんですか。これは」
いいから。飯代にでもして。お客さんはなぜか鼻声だった。わたしの作り話に同情をした模様だった。
バカみたい。風俗嬢皆が皆不幸な生い立ちだとか信じているやつが多くてバカみたいだなと憤る。
偏見じゃねーか。それでもお金はきちんと受け取り、ありがとうとお礼をいう。
「また、くるね」
もう来ないでもいいよ。と心の中でつぶやき、またきてくださーいね。と声にだしてそういい汗臭い体に抱きついた。
バカみたい。わたしが、バカみたいだとおもった。けれど、わたしはやっぱりバカなのだ。
男に媚を売りそれしかできないバカなのだ。
死にたいとまたおもう。希死念慮がふつふつと湧きでてきて抑えることができない。
お客さんを見送ったあと、急いでカバンからソラナックスを三錠取りだし備え付けのシャワーの水で一気に飲み干す。
心臓が破裂しそうだった。
部屋を片付けして、バスタオルをフロント脇にあるところまで取りにいく途中で、アンアンという声がしてその場で足が止まる。アンアン。嘘くさい喘ぎ声に落胆をしそして寂寥感が半端なくなくわたしはまた心臓がバクつきその場でうずくまる。
「あれ、どした? ミミちゃん」
フロントにいる石川くんがわたしの背中に手をあて、そっとさする。大丈夫ですか? という顔はほんとうに不安げそうにみえた。
うん。なんでもないわ。わたしはよろけながら立ち上がりバスタオルを取りにいく。
「あと、五時から最後のお客さん、ありますけど。いけますか?」
石川くん。わたしって汚いかな。どうみえる? 曲がってるのかな。
「うん」
子どもじみた声でそううなずく。顔色はきっと真っ青かもしてれない。わたしはどうしたいのだろう。わからない。
「バナナ。食べます? 元気でますよ」
はい。と石川くんがシミがひとつもない新品なバナナをわたしに渡す。
「熟れてないね」
「はい。熟れてないほうが好きなんですよ。ぼく。甘くないでしょ? 熟れてないと。甘いものが苦手で」
バナナは素晴らしく大きくて黄色でもしかしてこれで頭を殴れば凶器にでもなるんじゃね? くらいに強固だった。
「ありがと。がんばれそう」
よかったぁ。と白い歯を見せて笑う、フロントの男とやりたかった。わたしはきっとどうかしている。
部屋に戻り狭いベッドに横たわる。
あと、十分あるなと時計を確認し、わたしはゆっくりまぶたをおろした。