今年は、地元の花火大会も新型コロナウイルスの影響で中止になりました。毎年大勢の人出があり、密集を避けるのは不可能ですから無理もないでしょう。
今回は、そんな花火大会にまつわる、ちょっと面白くてちょっとヒヤッとした体験談をご紹介したいと思います。
レジャービルの屋上から花火大会を観覧
その夏、私は大阪の十三にある、とあるレジャービルの屋上から花火大会を観覧しました。
「こんど花火大会の日に来たらええがな。屋上でビール飲みながら花火見れるで」
行きつけのホテヘル『F(仮名)』の受付のおっちゃんからそう言われ、私はお言葉に甘えることにしたのでした。
(ホテヘル『F』については、私のコラムをご参照ください)
当日の夜7時前に『F』に行くと、店のドアは閉まっていて、「本日は夜9時からの営業です」と張り紙がしてありました。ドアを押し中へ入ると、オーナーが出てきて「向こうでマスターが待ってるわ」と言いました。(※マスター=受付のおっちゃん)
受付のほうへ行くと、受付のおっちゃんと女の子数人が何やら相談しているところでした。
「ああ、お兄ちゃん待ってたんや。ビザどれがええ?好きなん注文しいや」
おっちゃんが宅配ピザのメニューを見せてきました。
「中園さん、香水つけてますよね?なんかいい匂いする」
女の子のひとりが私の肩のあたりに鼻を近づけてきました。風俗で遊ぶときはシャワーを浴びるので、香水の類はつけて行かないのですが、この日は汗臭くならないよう私なりに気をつかったのでした。私はちょっと恥ずかしくなりました。
べつの女の子も近寄ってきました。
「めっちゃいい匂い」そう言った彼女の体からも、すごくいい匂いがしていました。
その子の胸が私の腕に触れました。まだ若かった私はそれだけで興奮してしまい、ほとんど半勃起状態でした。花火が終わったら店に戻って、この子を指名しようかと思いました。
7時半になると、届いたピザやビールなどの飲み物を持って屋上へ上がりました。
オーナー、受付のおっちゃん、女の子数人、さらに同じビルに入っているおかまバーのママやSMクラブの店長も参加しました。私の他にも常連客の男性がふたりいました。
貸し切りの広い屋上でレジャーシートを敷いて、みなで飲み食いしながら花火を見ました。11階建てのビルの屋上からは河川敷を一望でき、ベストポジションでの観覧となりました。
小銭拾いのプロ集団
盛大なフィナーレが終わると、辺りは一瞬にして静寂に包まれました。先ほどまでの華やいだ時間が短い夢だったように思えました。
「あ、終わった。あっという間やったねえ」
女の子のひとりが言いました。
「花火より、そのあとのほうが楽しみな連中もいてるがな」
受付のおっちゃんの言葉にSMクラブの店長が大きくうなずき、「そうや。これからが稼ぎ時やな」と言いました。
意味がわからず「どういうことですか?」と聞いた私に、SMクラブの店長が、いつもながらのゆったりした語るような口調で説明してくれました。
「花火大会が終わったあとの河川敷には、小銭がぎょうさん落ちてるんや」店長は言いました。露店で飲食した客が誤って小銭を落としてしまい、雑踏の中でそのことに気づかないまま放置していくのだといいます。
「その小銭を目当てに集まってくるホームレスや拾い屋の連中がおってな、けっこうええ稼ぎになるんや」
「たまに千円札や万札も落ちとるで」受付のおっちゃんが横から嬉しそうな顔で言いました。
「あたしも拾いに行こうかなあ」
女の子のひとりが言うと、SMクラブの店長が「あかんあかん。素人は下手に手を出さんほうがええ」と首を横に振りました。
それまでじっと話を聞いていた『F』のオーナーが口を開きました。
「プロがおるんや。あの連中は組織で活動しててな。まあ、組織いうてもホームレスや拾い屋のおっさんの集まりやけど。彼らには彼らの縄張りがあんのや」
小銭を専門に拾い集めているプロ集団がいるらしく、彼らは専用の道具まで持っているのだと、オーナーは話しました。
「ヤクザ乞食が、あいつらを仕切っとるんや」受付のおっちゃんが言いました。
「ヤクザ乞食?何ですか、それ?」私は聞きました。
「元ヤクザのおっさんや。生活保護を受けながら、ホームレスや拾い屋の連中を集めて商売しとってな。上前をはねて、自分の懐に入れよるんや」
オーナーが、ちょっと鬱陶しい顔をして言いました。
私はヤクザ乞食の存在に少々びびりながらも、小銭拾いの話に興味深々でした。
「ぼく、友達を誘って拾いに行ってみようかなあ…って思ってるんですけど、ダメですかねえ?」
私が遠慮がちにそう言うと、オーナーと受付のおっちゃんが声を上げて笑いました。
「行ってきたらええがな。千円ぐらいすぐ集まるわ」受付のおっちゃんが嬉しそうに言いました。オーナーも可笑しそうに笑い、「拾い屋の連中より先に行って拾ってきたらええんや」と言いました。SMクラブの店長が笑顔でうなずき、「さっと拾って、さっと帰ってこい」と背中を押してくれました。
危機一髪!ヤクザ乞食とその一味に襲撃される!
私は高校時代の友人を誘い、花火大会の会場となった河川敷へ向かいました。
時間帯が早すぎると大会関係者やパトロールの警官がうろうろしている可能性があり、夜が明けてからだとすでに拾い屋の連中が来ているから遅すぎます。私たちは午前4時過ぎから小銭拾いを開始することにしました。
露店の屋台はまだ半分くらい残っていました。昼間に片付けに来るのかもしれません。立ち入り禁止区域に張られたロープもそのままの状態でした。
私たちは懐中電灯で足元を照らしながら、屋台の周辺を中心に小銭が落ちていないか探しました。
「あったー!」友人が声を上げました。
「10円ゲット!」彼はスーパーのレジ袋に10円玉を1枚入れました。
私もすぐに10円玉を1枚見つけました。しかし、そのあとは10円どころか1円玉ひとつ見つかりませんでした。
30分が過ぎた頃、私はトイレに行きたくなりました。花火を見ながらビールを飲み過ぎたせいか、お腹が少しゆるくなっていました。河川敷には公衆トイレが設置されていて、そのひとつに駆け込みました。
用を足して出てきた私の体に、思わず緊張が走りました。
友人が汚い身なりの男ふたりに詰め寄られ、胸倉をつかまれていたのです。
「ちょっと、何やってるんですか!」
私は駆け寄ると、友人の胸倉をつかんでいた背の高い男の腕を振りほどきました。
「なんや、お前。こいつの連れか?」
小柄なほうの男が私に詰め寄ってきました。男はガラの悪そうな顔つきをしていました。
「お前ら、わしらの縄張り荒らしといてタダで済むと思っとんのか?拾た金ぜんぶ出せ!」
背の高いほうの男が巻き舌で脅してきました(酔っていて呂律が回っていなかっただけかもしれません)。
この瞬間、私はこのふたりが相手なら勝てると思いました。見た感じ50代後半くらいの、痩せて体力もなさそうな男たちです。歩き方もヨロヨロしています。自転車に乗って空き缶を集めて回っている拾い屋の連中でしょう。友人とふたりなら男たちをねじ伏せるのは簡単なように思えました。
ところが隣を見ると、友人は恐怖と緊張のせいで放心状態になっていて、指で押しても簡単に倒れてしまいそうに見えました。
「おーい!お前ら何やっとんじゃ、こらっー!」
背後でドスのきいた怒声が聞こえて、私と友人はびくっとして振り返りました。
柄シャツを着て薄茶レンズのサングラスをかけた男が(この暗さの中でサングラス?)、肩で風を切りながらこっちへ向かって歩いてきました。
拾い屋のふたりが「ご苦労さんですっ」と挨拶をしました。
私と友人は前後から挟まれるかたちになってしまい、逃げ出せそうにありませんでした。
柄シャツの男が近寄ってくると、いきなり私の太腿に廻し蹴りを喰らわしてきました。
たいしたダメージはありませんでしたが、私はいきなり蹴られたことでカッとなり、「おいっ、何すんねん!」と言い返しました。
「なんじゃこらっ!やる気か?」
男は大声で怒鳴り、私の顔を睨みつけると、次の瞬間、友人の髪をつかんで引っ張りました。友人が短い悲鳴を上げ、その場に引き倒されました。
私は恐怖のあまり体が固まってしまい、呆然としていました。
夜明けが近づいてきたのか、あたりが少し明るくなってきていました。男の柄シャツの胸元から入れ墨が見えていました。私は受付のおっちゃんが言っていたことを思い出しました。この男がヤクザ乞食に違いない、そう思い、頭が真っ白になってしまいました。
「おーい、大丈夫かー?」
遠くのほうで誰かが呼ぶ声がしました。
見ると、堤防の上に『F』のオーナーと、もうひとり見知らぬ男性が立っていました。
「走れ!」
私は友人の手を取ると、一目散に走りだしました。ほとんど無意識に出た行動でした。
「こらー!待たんかいっ!」
ヤクザ乞食とふたりの拾い屋が追いかけてきました。
『F』のオーナーが、階段を降りて私たちのほうへ小走りにやって来ました。そのあとから、いっしょにいたもうひとりの男性もゆっくりと降りてきました。
『F』のオーナーが私たちのあいだに入り、ヤクザ乞食と話をつけてくれました。
「若いお兄ちゃんらが面白半分でやっただけのことやないか。許したってくれや」
オーナーは相手の懐に入るのが上手で、やんわりとなだめすかしていました。ヤクザ乞食はしぶしぶ納得した様子で、子分ふたりとともに引き上げていきました。
夜明けの空の色は…。
夜明けの空の色は綺麗な水色でした。ようやく恐怖と緊張から解放された私に、朝の空気がすごく新鮮に感じられました。ほとんど人けのない十三の街を、オーナーともうひとりの60年配の男性のあとについて、私と友人はとぼとぼと歩いて行きました。
『F』が入っているビルの前に真っ赤なフェラーリが停まっていました。
「ほな、わしはこれで帰るさかい」
60年配の男性はフェラーリに乗り込むと、静まり返った早朝の歓楽街に轟音を響かせて走り去って行きました。彼はキャバクラなどを経営する会社の社長なのだと、『F』のオーナーから聞かされました。
私と友人は『F』の待合室で休ませてもらい、飲み物までいただきました。
「いい経験になったやろ」
オーナーは可笑しそうに笑うと、「開店時間までここで寝てたらええがな」と言いました。
バカ明るい感じの音楽が聞こえてきて、私は目を覚ましました。店内のBGMが鳴りだしたのでした。友人はまだソファーの上でぐっすり眠っていました。壁の時計を見ると10時半を回っていました。そろそろ開店の時間だと気づき、私は友人の体を揺すって起こしました。
受付に行くと、私がひそかに「チンピラ店員」と呼んでいる若いスタッフがいて、中国人の女の子と談笑していました。私たちを見ると「おはようございます」とにこやかに挨拶してきました。
中国人の女の子が「お兄さん、わたしと遊んでいくか?」と聞いてきました。
「そんな元気ないですよ」と私が眠たい眼をこすると、友人が「おれ、遊んで帰ろうかな」と言い出しました。「え、まじで?」私は眼をこすりながら聞き返しました。
結局、私も遊んで帰ることになりました。
友人は中国人の女の子を指名し、私はそのあと出勤してきた20歳の小柄な子とホテルへ向かいました。
「そのビニール袋、なにが入ってるんですか?」
ホテルへ向かう途中、女の子が聞いてきました。
「10円玉1枚」
「え…?」
女の子が不思議な物でも見るように、私の顔を見つめていました。
空の色が先ほどまでよりも少し濃い青色に変わっていました。