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2017年 05月 17日

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【6話】『こんにちは。赤ちゃん!』21歳で母になる。この子の父親は誰?

藤村綾

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ピンクコンパニオンをしながらダラダラと仕事とお酒、男に溺れる日々に若干20歳で人生への諦観を味わっていました。刺青を背中にいれたり、お酒を飲みすぎて急性アルコール中毒で何度か病院に運ばれました。パチンコや競艇も大好きでしたね。(今も競艇は好きです)そんなとき、「ねえ、綾ちゃんさ、最近太ったよね」と一緒に働いていたお姉さんに言われたのです。もともと細身で幼稚体系なあたしです。太ったというより、栄養失調児童のようにお腹だけポコンと出た感じだったのです。お腹の膨れ方が尋常ではなかったため、自分の身体の中で何かが起こっていると察して、直ぐに内科に行きました。

 「あ!妊娠だね。産婦人科に行って」

 え! 嘘っ! あたしはまるで信じられずに紹介された産婦人科に行ったのです。

本当に俺の子なの?男は父親と認めない

 産婦人科に行き、きちんと検査をしたら(尿検査・エコー)先生が「だいたい妊娠6ヶ月過ぎているくらいかな、で、」

 先生は、目をあたしに向け、性別を聞きたいか?と、付け足しました。あたしは、その日一気に、妊娠の事実とお腹の赤ちゃんの性別を知ることになったのです。「多分ね、男の子」先生はそういい、母子手帳を用意してね。と鷹揚な口調で言ってくださいました。しかし、6ヶ月です。つわりもなにもなく、挙句お酒にタバコ。風邪薬も飲んでいます。あたしはとても心配になり先生に質問をしました。

「お酒にタバコ、風邪薬を今まで気がつかないでしてきました。お腹の赤ちゃんは大丈夫なのですか?」あたしはこの時点ですでに産みたいと思っていました。なので、とても不安になったのです。眉間にシワを寄せた先生はややあって口を開きました。

「大丈夫だよ。普通は初期に異常があれば、お腹の赤ちゃんはね自分は産まれてはダメだと察して自分で降りてくるんだから。この子は強い子だ。大丈夫だよ」

 あたしは泣いていました。自分の身体をぞんざいに扱ってきたことに。お腹に命が宿っていることも知らずに。

 その日、一応付き合っていた男がいたので(昔からの知り合い)男に妊娠の旨を伝えました。そうしたら、とんでもない応えが返ってきたのです。

「それ、本当に俺の子なの?母子手当とかの申請に行った方がいいんじゃない?」と。確かに同棲はしていたけれど、複数の男とも付き合っていたので同棲をしている男も他の男と同胞だと思ったのでしょう。けれど、その頃は他の男とはきちんと避妊をしていたので、同棲をしていた男の子どもに決まっています。しかし、結局信じてはもらえず、産まれてから鑑定をしよう。となったわけです。不思議なもので妊娠がわかってからつわりが始まり、お腹の子を死守しなくてはという母性本能が芽生えあたしはやけに性格が丸くなりました。あ、性格だけではなく身体も丸くなっていきました。笑

綾。お母さんになる。嘘—!

 あたしは12月産まれで、お腹の子の予定日は2月ということで、21歳を迎えてからの出産ということになります。妊娠がわかってからタバコはやめ、男もやめ、もちろん酒もやめ、急に普通になりました。妊娠にまるで無知でしたので育児本などを買って出産に備えました。入籍はしてはいませんでしたが、男の母親がなにかと心配し見にきてくれました。

 誕生日を迎え、年明けの2月。今はきちんと予定日を逆算ないし赤ちゃんの大きさで計算できるようですが、その頃はなぜかそのような未来的な道具はなくやけにアバウトで多分2月の半ばだね。と言われるだけ。挙句、お腹が痛くなったときが出産の日。といわれる始末。2月に入ってからは毎日が腹痛でした。けれど、どれが陣痛なのかがよくわからないまま14日になりました。そう、バレンタインデーです。あたしはこの日に産もうと決め、陣痛もきていないのに『お腹が痛い』と嘘をいい、陣痛促進剤を処方されて何錠か飲みました。(今現在は経口促進剤はありません)そうしたらどうでしょう。あれよ、あれよ、という間に陣痛が進み、あれよ、あれよという間に分娩台に行き、ものの40分程で出産をしました。やはり若いだけに体力もあり、子宮口もうまく開いてくれお産はマニュアル通りだったわけです。人間の身体が神秘的だなと、切に思いました。会陰切開をしたので先生に『少し余分に縫ってください』とは、言いませんでしたが、笑。縫うときは麻酔なしだったのに、お産のあとなので痛さで麻痺をしていてちっとも痛くはありませんでした。

 無事男の子を産み落とし、鑑定をしたら男の子どもだったので籍を入れました。その1年後。また妊娠をし、2人目を出産。今度は女の子でした。子どもが子どもを産む!などと揶揄されましたが、子どもはとても可愛くあたしの人生を良い方向に変えてくれた大切な存在でもあります。その子どもたちも大きくなり今はあたしを支えてくれる存在になっています。この昨今、子どもを持たない人が多くなっています。子どもを産む、産まない、出来ない、作らない。それは個々の自由であり、誰も責めることなどは出来ません。子どもを育てるということは気力・体力・お金・強い精神力を伴います。あたし自身子どもを産んでよかったと心から思っています。風俗嬢を若いときからしていると婚期を逃すおそれが多々あります。風俗嬢になるのも自分で決めたことであるがゆえに子どもが欲しい結婚をしたいならば、人生プランをある程度立て後悔ない人生を送って欲しい。現役風俗嬢・あやからのお願いですね。

 母になっても、やはり風俗が好き! 次回は子連れで出稼ぎ!です。


文|藤村綾

世界のあんぷり亭
男の潮吹き専門店 五反田回春堂
イマジン東京
プライベートボックス

このコラムを書いた人

藤村綾

あらゆる風俗に従事してきた謎の風俗嬢ライター。『俺の旅 』ミリオン出版 コラム連載。 趣味 読書。

藤村綾

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