ブラック企業に未来はない、なんて話はよく聞きます。会社を私物化して、従業員にお構いなしに利益を追及する。そんな経営者の下では働きたくないものです。
今回はそんなブラック経営者が主人公。どれだけ稼げても人間の欲には底がないようで。
会社の金は俺の金!会計事務所が青ざめる経営者
うちの顧問先にはヤバイ客がいる。創業38年。不動産を手広く扱う腹黒商事(仮称)。
10年程前に息子が事業を承継した。
腹黒商事は、アパート・マンションの経営をしている。年間の売上こそ中小並みであるが、手堅く展開していていた。昔はかなりの借入金があったがしっかり返済し、銀行からの信頼もある。数字だけを見れば、資金が潤沢にある会社に見えるのだが…
この息子、本人の前では決して言えないが、かなりのクズ野郎である。
クレジットの法人カードを見てみれば、キャバクラ、高級ラウンジでの飲み食いがびっちり。そして毎週末はゴルフに続いて温泉宿に宿泊である。
経費で落とせないものばかりなのだが、お構いなしにお金を使っていく。
ハッキリ言って、隠ぺいすら出来ない真っ黒な領収書。
僕は税理士ではないが、この腹黒商事を担当している。この息子のパワハラに耐えうるのは僕のような男しかいなかった。税理士並みの仕事が出来れば、資格はそこまで問題ではない。
問題なのは、この息子。前の担当者を相当いじめた。税理士だろうが何だろうが、仕事に口出しするのが許せないらしい。僕も「また税金集めか!国の犬め!」と怒鳴られた。
まぁ、こちらとしては顧問料さえもらえれば何でもいい。
電卓を叩きながら、先月は熱海に行ったのかぁいいなぁ~なぁんて思っている僕のところに税務署から電話が来る。
「腹黒商事様の税務調査にお伺いしたいのですが、担当者いらっしゃいますか?」
保留を押したままタバコを吸いにいったのは、生まれて初めてだった。
税務調査初日 たじろぐ陣内、あきれる税務署職員…
最初に説明しておこう。
税務調査というのは、税務署側が会社の経営状況をチェックしに来る厄介なイベントだ。マルサの女なんて映画があったと思うが、それの縮小版。彼らはチームで動いて、もしかしたらを狙う。何をって?徹底的に調べて、課税できるものを探しに来るのだ。
さすがに映画のような展開は見た事はないが、見たくもない事実が出てくる事もある。
そうは言っても、税務調査の初日は社長さんが税務署職員に挨拶したり、普段お会いできない役員さんと会うことができるので、割と僕は好きだ。
なのに、この日は従業員のお姉ちゃんと二人。
「あ、どうぞ。じゃあ、何かあったら呼んでください」
「え、腹黒社長は今日お見えになりますよね?」
「社長に聞いて下さい」
……。あの野郎、まさかのドタキャンかよ!!!
税務署職員が意気揚々と到着するなか、早くもネクタイを緩めた陣内。
「初めまして!新宿税務署の丸橋(仮称)と申します!」
「あ、どうぞ、陣内です」
目が笑ってない笑顔の丸橋さんは、社長不在にため息。
「あーじゃあ、とりあえずなんですけど。接待交際費見せてもらえます?」
こいつド直球やな。
この会社なら沢山税金取れるぞー!と魂胆丸見え。やめてくれ…。
「陣内さん、これ本当に経費ですか?」
説明しよう。接待交際費は会社の経費として認められるのだが、確実に事業を経営する上で必要な場合のみ認められる。腹黒社長のように、いくら温泉街やリゾート地に別荘を経営していようが、キャバクラ、温泉三昧だと怪しまれる。
そこを何とか誤魔化す…もとい説明するのが腕の見せ所だが焼石に水だ。
「ちょっと調べましょうかね」
丸橋さんが不敵な笑みを浮かべて僕を見る。なんてこった、全然相手にされてない。
その日、トイレで青ざめる陣内を見た者はいない。
税務調査二日目 怒りの調査官とケツキック
二日目はちゃんと腹黒社長に会えた。
「じーんない、どうよ。ちゃんとやってるの?」
「あ、社長おはようございます。昨日は無事終わりまして、本日も引き続き当たらせて
頂きます」
ダメ息子は従業員のお姉ちゃんとニヤニヤしながら、僕を見ている。
冷めた缶コーヒーをもらうも、肩パン。ため息しか出ない朝には辛いものがあった。
「陣内さん、おはようございます!」
一人だけ場違いな元気な野郎、丸橋さんは大きなカバンを持ってきていた。
「陣内さん、昨日の接待交際費なんですけどね。お店に確認取れまして、社長が行かれているお店に売上が見当たらないんですよ。あとコンサルティングの経費、あれ会社に確認したところ、記録にないそうです。一体何にお金使ったんですか?」
…野郎、反面してから来てやがったのか。
説明しよう。反面とは反面調査の事で、売上をあげた会社と支払いをした会社をダブルチェックするのだ。こうすれば金額や取引の実態が明るみに出て、噓がバレる。
税務調査中に反面調査をする流れが一般だが、今回みたいなパターンは最悪の結果が待ち受けている。
僕はとりあえず確認してきます~と部屋を出て、社長の元へ。
「社長、バレました。反面調査されてます」
「あぁ?んだよ、陣内?何がダメなの?」
「社長が行かれたラウンジ、売上ないそうです。あと、コンサルティングの会社も
支払いがないと言われました」
「知らねーよ、お前さぁ。何言ってんの?高い顧問料払ってんじゃん」
社長が来いよとドスを利かせて、喫煙所に僕を拉致る。
薄暗い会社の裏口で、社長と僕。
「なんとかなんねぇの?」
「例えばなんですけど、今回はなんとか納得したと見せかけて、他の支払いには目をつむってもらうってのは良くやります。まぁ賠償金に近いもんですが」
「いいじゃん、それ。どうせあれだろ?いっても100万行くか、いかねーかだろ?」
「接待交際費なんで、結局はそこまでいかないと思いますよ?」
社長のケツキックをくらって部屋に戻ると、丸橋さんが鬼のように付箋をつけている。
「あ、陣内さん。あの資料全部持って帰ります!」
おいっ!俺の作戦ぶっ壊すなよ!他の支払いも全部調べあげるつもりだ。
丸橋さんが車に資料をバンバン入れていく姿を社長と一緒に見送った後に一言。
「このゴミ虫、全然ダメじゃねえか」
その日、トイレで泣いた陣内の姿を見た者はいない。
腹黒社長、会社閉じるってよ
三日目。税務調査は長引くほどよくない。所長に報告しても、顧問契約破棄したいんだけど?なんて話になっている。自分たちが白と分かれば、捨てるもんは遠慮なく捨てるスタイル。で、誰がその話をするんだろう。寝不足の顔で腹黒商事に着くと、腹黒社長と丸橋さんが話していた。
「ですから、仰る事はわかるんですけどね。これ、横領ですよ」
「あぁ?なに言ってんの?」
マズイ、非常にマズイ。頭が真っ白になりながら様子を伺った。
「証拠あんのかよ?」
「楽天証券で株買われてますよね」
「え?」
後で聞いたのだが、腹黒社長はマンションの賃料の一部を自分の口座に入れて隠ぺいしていたらしい。さらに僕の知らない駐車場の売上も社長の個人口座へ…。
社長は僕の顔を見るなり怒鳴ってきた。
「陣内、お前どうすんだよ!」
「いや、隠ぺいされたのは社長なので…」
「ふざけんなよーー!!」
テーブルを蹴って、頭をかきながら喚き始める。
「俺の会社だろ?俺が好きにしていいじゃねぇか」
「でも横領は犯罪ですので。検察から連絡が来るかとは思いますが、よろしくお願いします」
「け、検察?なんだよ、それ!なんだよ、それえええ」
社長は泣き始めた。丸橋さんがため息をついて一言。
「逃げれませんよ。ぜんぶ口座は抑えてますから」
「うああああーー!!!」
腹黒社長の叫び声だけが部屋に響いた。
後日談
この後始末を事務所総出で対処して、我が事務所と腹黒商事は契約破棄。
幸いこちらには何のペナルティはなかった。腹黒社長は会社に残された資産、個人の別荘に生命保険もすべて金に変えて償った。今やただの無職である。
横領は金額でバレる訳じゃない。やり方が巧妙以前に幼稚だからバレた。ケツキックなんてする経営者には、今の姿がお似合いだろう。
俺の感想か?嫌な事があったらみんなトイレで泣こう。スッキリするのでオススメだ。