社長は闇金、オーナー会社は○○組。月33万稼げた無修正AVソフト梱包のアルバイト!

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社長は闇金、オーナー会社は○○組。月33万稼げた無修正AVソフト梱包のアルバイト!

裏ネタ

なかぞの 0 2,719 2019/11/26

やむを得ない事情により公務員を辞めることになった私は、その後しばらくニートのような生活をしていました。わずかばかりの退職金でなんとか食いつないでいましたが、そんな状態をいつまでも続けられるわけもなく、内心あせっていました。
 
そんなある日、コンビニで立ち読みしていたアルバイト雑誌に、映画ソフトの梱包の仕事が掲載されているのが目に留まりました。時給1500円、誰でもできる簡単な作業、制服あり、食事付と書かれてありました。映画のDVDをパウチしたり、箱詰めしたりする仕事だということでした。
 
映画好き集まれ!というキャッチフレーズと、可愛らしいけど何だかよくわからない動物のイラストが描かれていました。
 
住所を見ると、大阪市内のけっこう治安の悪そうな場所でしたが、1500円という高時給が魅力だったのと、ひょっとすると映画のDVDをもらって帰れたりするのかもしれないと思い、私はさほど深く考えることもなく、そのアルバイトに応募してみることに決めたのでした。

事務所に○○組の代紋が!

「H商会(仮名)」というその会社は、JR線のとある駅から徒歩10分の場所にありました。しかし土地勘のない場所だったのと、自分がイメージしていた建物とあまりに違っていたせいで、なかなか見つけることができませんでした。
 
会社に電話をかけ、道案内をしてもらいながらようやくたどり着いたときには、すでに面接の時間を10分も過ぎてしまっていて、焦りと真夏の蒸し暑さの両方で、私は汗だくになっていました。
 
H商会はプレハブ造りの町工場といった感じの建物でした。トタン壁は広い範囲に錆びが出ていて、入り口のスチール製の扉にはまったガラス窓には大きなヒビが入っていました。
 
その扉のある1階が作業場になっていて、中からブ~ンという低い機械音が聞こえてきていました。
 
建物の左横に細く急な階段があり、そこを上がっていくと事務所がありました。
扉を開けると、私は自分の名前を名乗り、遅刻してしまったことを詫びました。
 
「あー、気にしない気にしない。なかぞのさんでしたね?こっち来て座って」
 
そんなふうにフランクな感じで話しかけてきたのが、その日、面接を担当したチーフの原田さん(仮名)でした。
 
3分後には採用が決まっていました。原田さんは履歴書の内容に目を通すこともせず、軽く世間話をしただけでした。

「ここはエアコンの効きが悪いから、ちょっと大変かもしらんけど、まあ頑張って」と言いました。
 
原田さんの左の頬からは長い毛が1本垂れ下がっていました。ゲン担ぎのために切らずに伸ばしているのかもしれません。優に10㎝はあり、見ようによっては、ちょっとしたアクセサリーのようでもありました。
 
事務所内には私たちふたりの他に誰もいませんでした。
隅のほうに木製のドアがあり、社長室というプレートが掲げられていました。
 
「じゃあ、明日の朝9時に。いちおう17時までってことになってるけど、そのときの気分でテキトーに上がってくれていいからね」
 
原田さんは「よしっ」と言って立ち上がりました。面接終了の合図でした。
 
帰り際、何気なく事務所内を見回したとき、神棚があるのに気づきました。その横に縦長の小さな看板が掲げられていて、見覚えのあるマークが付いていました。
 
「ああ、そういう会社だったのか…」
 
その瞬間、私は覚悟を決めました。時給1500円もらえるのだから、そこは目をつぶろうと思いました。
 
看板には、日本最大の指定暴力団の、あの代紋が光っていたのでした。

映画ソフトではなく無修正AVのソフトだった!

求人広告には映画ソフトの梱包と書かれてありましたが、実際はAVソフトの梱包作業でした。あの看板の代紋のことを考えれば当然のような気もしましたが…。
 
翌朝、原田さんに案内されて作業場へ行くと、想像していたよりも広いスペース(テニスコート1つ分くらい)に、これまた馬鹿でかい作業台があり、そこで4人の男性が梱包作業をしていました。
 
みな揃いの黒の半袖のポロシャツを着ていました。それが従業員の制服で、私もあとで原田さんから同じポロシャツを渡されました。冬になったら長袖を支給してもらえるのかと聞くと、季節に関係なく半袖だと言われました。
 
作業スペースの奥にベニヤ板で囲っただけの小さな部屋があり、そこでは映像のダビング作業が行われていました。中を覗かせてもらうと、ダビング用の機材が10台くらい並んでいて、男性スタッフふたりが黙々と作業をしていました。原田さんも、普段はそこで作業をしていることが多いのだと言いました。
 
そのダビング作業場を見たとき、私はピンときました。ここは無修正の裏ビデオを扱っている会社ではないかと思いました。
 
モザイクをかける前のオリジナル素材を何らかの方法で入手した人物(あるいは会社)が、その二次コピーを、卸問屋のような事業者に売るのです。H商会はその卸問屋である可能性が高いと、私は考えました。
 
AV作品の違法売買の世界では、流出したモザイクをかける前のオリジナル素材などもとから存在していないという建前になっていて、卸問屋が買った二次コピーを「原盤」として扱うのです。
 
その「原盤」が卸問屋において複製され、最終的に小売店へ卸されるわけですが、一般消費者の手元に届くまでに3~5回ほどダビングされていると言われていて、無修正AV作品の画質が悪いのはそのためです。
 
ヤバい会社に来てしまったなあと思いましたが、時給1500円で食事付という好条件なのと、そもそも昨日までニートのような生活をしていたのだから贅沢は言えないという気持ちがあった私は、生活のためと割り切ってH商会で働く決意をしたのでした。
 
マグロ漁船に乗せられたような、どこか危険な国へ連れて行かれたような孤独と不安を、少なからず感じてはいましたが。

おかしな人たちばかりがいる職場

チーフの原田さんのことを、えらくフランクな人だなあと思いましたが、他の従業員に比べたらまだましなほうでした。
 
梱包作業をしている4人のスタッフは、皆おかしな人たちばかりでした。
(※以下、人物名はすべて仮名です)
 
いちばん年配のいかつい風貌の梶原さんは刑務所上がりの元ヤクザで、生活保護を受けながらH商会で働いていました。ものすごく小柄でいつもおどおどしている矢部さんは私より2歳上でしたが、中学生くらいにしか見えませんでした。この人とは一度も会話が成立したことがありませんでした。
 
残りのふたり、梅津さんと柘植さんは性格が正反対。一言でいうと「躁」と「鬱」でした。
 
梅津さんは常に超ハイテンション。何をするにもオーバーアクションで、ダンスをしながら梱包作業をしているように見えました。10分に1回くらいの割合で奇声を発する(彼なりの掛け声のつもりだったようです)ので、この人は気が狂っているのかと思いました。ただ、話しかけると普通に答えが返ってくるので、そういう点では矢部さんよりはましだったかもしれません。
 
柘植さんは常に暗かったです。動きも緩慢で、溜め息ばかりついていました。生気が感じられず、この人は今日このあと死んでしまうのではないかと思ってしまったほどです。
 
そんな普通ではない人たちに囲まれながら、私は黙々と働き続けました。
作業場にはたしかに異常な雰囲気が漂っていましたが、私は仕事が苦になることはありませんでした。むしろ居心地がよかったくらいです。
 
なぜなら、仕事はすごく楽で、上司から叱責を受けることもなければ、従業員どうしが互いに干渉し合うこともなく、必要最小限かそれ以下のコミュニケーションしか存在しなかったからです。しかも給料はいいし食事付。なんの不満もありませんでした。

たまにふらっとやって来るヤクザ者

事務所に代紋付きの看板を掲げ、おそらく違法な商品を扱っていたH商会。
言うまでもなくヤクザ者の出入りがありました。
 
たいていはチンピラ風の若い男で(Vシネマに出てくるような絵に描いたようなチンピラです)、必ずいちど作業場へ入ってきて、意味もなく喚き散らすのです。たまにダンボール箱を蹴とばしたりもします。怖いところを見せつけようとしていたのかもしれませんが、ちっとも迫力がなく、いっしょに作業をしている梶原さんのほうがはるかに怖い雰囲気がありました。
 
たまに風格のある年配のヤクザが来ることもありましたが、チンピラみたいに作業の邪魔をすることなく、原田さんに声をかけると、すぐに2階の事務所へ上がっていきました。
おそらく社長と仕事の話をするために来ていたのでしょう。

社長は闇金

H商会の社長というのは、60年配の口ひげを生やした小柄な人でした。
 
いつもきちっとスーツを着ていて、どちらかというと口数の少ない落ち着いた雰囲気のせいか、一見怖そうな人物に見えましたが、実際に話して見るとそうでもなく、気さくな印象を受けました。春山という苗字で、H商会のHもそこから取ったものなのかもしれません。
 
春山社長が貸金業を営んでいると知ったのは、私がH商会で働き始めて2か月くらい経ったときでした。近所の中華料理屋で夕食をとっているとき、原田さんから聞かされました。たまに会社にやって来て意味もなく喚き散らすチンピラは、社長が使っている取り立て役だということでした。貸金業といっても、おそらく闇金だったと思います。
 
食事の話が出たので、ちょっと説明しておくと、昼食は基本的に近所の弁当屋かコンビニで買ってきたものを食べます。もちろん食事代は会社持ちです。原田さんが従業員ひとりひとりに何が食べたいか聞いて回り、そのあと数人で買い出しに出かけるのです。
 
夕食が食べられるのは残業があるときだけです。とはいえ、仕事はいくらでもあって、残業したい人は勝手に残ってやってくれていいというシステムで、私は頻繁に残業していました。基本の労働時間は9時~17時まででしたが、べつにしんどい仕事でもないので、稼げるだけ稼いでやろうと考えた私は、夜中まで残業することもありました。
 
矢部さんと柘植さんは17時になるとすぐに帰ってしまうことが多かったですが、それ以外の人たちは積極的に残業していたように思います。
 
残業した日は、近所の中華料理屋やファミレスで食事することもあれば、昼と同じで弁当屋かコンビニへ買いに行くこともありました。

勘違いした20歳の女子大生

3か月ほど経ったある日、新人がひとり入ってきました。20歳の女子大生で、服飾系の専門学校に通っていそうな、おしゃれで個性的な感じの女の子でした。
作業場に入ってきた瞬間、彼女は大きな間違いに気づいたような顔をしました。
 
求人広告には映画ソフトの梱包作業と書かれていて、映画好き集まれ!というキャッチコピーまで付いていましたから、おそらく勘違いしたのでしょう。
 
大量のAV作品を目の前にした彼女は、一瞬、呆然と立ち尽くしてしまいました。しかも、周りを見るとヤクザと変な人たちばかりです(私も含めて)。
 
彼女は1週間ほど仕事を続けたあと、ぴたりと来なくなってしまいました。

フォークリフトで壁を破壊

半年が過ぎたある日のこと。出勤するとすぐに原田さんに呼ばれ、会社と隣接して建っている倉庫のほうへ連れて行かれました。
 
「なかぞの君、フォークリフト動かしたことある?」
「いえ、ないです」
「あーそう。まあ、とりあえずやってみて。ぼくが運転のしかた教えるから」
 
そう言われ、急きょフォークリフトを運転することになったのでした。
ダビング作業のスタッフが急に休んでしまったらしく、原田さんはダビングにかかりっきりなのだと言いました。
 
「そうそう、その調子。そんな感じでやっていって。何かわからんことあったら呼んで」
原田さんはそう言うと、ダビング作業に戻りました。
 
フォークリフトの運転は思っていたより簡単なものでした。
倉庫の前に積み上げられた、ダンボール箱に入った商品を倉庫内に移動させるだけの、単調な作業でした。
 
始めのうちは恐る恐るといった感じでやっていましたが、一定の動きを体が覚えてしまうと、つい気が緩んでしまったのでしょう。そのあと、私はとんでもない失敗をやらかしてしまったのでした。
 
倉庫の前で荷物を持ち上げる操作をしていたとき、いつもの若いチンピラがやって来て、「おー、ちゃんとやっとるかー?」と声をかけてきたのです。
 
それに気を取られた私は、倉庫内へ入ろうとしてうっかり操作を誤り、入り口より少し右に向いた状態で前進してしまったのです。
 
ドッカーン!!
ものすごい轟音が鳴り響きました。
「あっ!」と声を上げたときにはすでに間に合わず、荷物を載せたフォークの部分がプレハブ造りの壁に思い切り突き刺さっていました。
 
「なんじゃー!こらー!!」
 
先ほどのチンピラが大声で喚きながら、作業場から飛び出してきました。
 
「おまえ何やっとんじゃ、ボケー!!」
 
チンピラがフォークリフトを足で蹴とばしました。
 
私は頭が真っ白になっていて、ハンドルに手を乗せたまま固まっていました。
原田さんがやって来て、「あー、やってもうたかー」と言い、ひとりで興奮しているチンピラをなだめ、作業場へ押し戻しました。
 
「なかぞの君、気にせんでええよー!そのままバックしてー!」
 
原田さんが声を張り上げました。
 
私は震える手で恐る恐るフォークリフトを操作しました。バックすると、フォークの部分は簡単に壁から抜けましたが、その際に荷物のダンボール箱が落ち、中身がこぼれてしまいました。地面にばらまかれた大量のAVソフトを見て、私はぞっとしました。
 
騒ぎを聞きつけた春山社長が、2階の階段の踊り場に姿を見せました。
殺されるのではないかと思った私は、金玉が4分の1くらいに縮み上がってしまいました。
 
春山社長は険しい表情で何も言わずに、しばらく事故現場の様子を見ていましたが、そのうちひとりでうんうんとうなずくと、事務所の中へと戻って行きました。
 
結果的に、私はクビになることもなければ、何らかのペナルティーを課せられることもありませんでした。フォークリフトでの作業は柘植さんが代わりにやることになり、私はまた梱包作業に戻りました。

元ヤクザの男が突然キレだした

柘植さんは相変わらず死にそうなほど暗い顔をしていましたが、フォークリフトの運転は上手くこなしていました。少なくとも私よりはましでした。
 
ある日、元ヤクザの梶原さんが別注の商品を詰めたダンボール箱を倉庫の前へ持って行ったときのことでした。倉庫内では柘植さんがフォークリフトで作業をしていました。
 
「おらー、お前ー!わしの言うことが聞こえんのかー、こらー!!」
 
凄まじい怒声が聞こえてきて、梱包作業をしていた私は思わず手を止めました。
矢部さんは恐怖で震えあがっていましたが、梅津さんはそんなことお構いなしにハイテンションで作業を続けていました。
 
私が倉庫のほうへ様子を見に行くと、梶原さんが柘植さんをフォークリフトから引きずり降ろそうとしているところでした。
 
「梶原さん、やめましょう」
 
私は止めに入ろうとしましたが、梶原さんに鬼のような形相で睨まれ、怖気づいてしまいました。私は急いで原田さんを呼びに行きました。
 
原田さんとふたりで倉庫に駆けつけたときには、柘植さんは地面に仰向けに倒れた状態で、気を失っているように見えました。
 
「梶原さん、何をやってるんですかっ!」
 
原田さんが強い口調で言いました。
梶原さんはその場にぺっと唾を吐くと、ウオオオオーと猛獣のような低い唸り声を上げながら、私たちのことなど目に入っていない様子で、倉庫から出て行ってしまいました。
 
柘植さんは鼻血を出していましたが、原田さんが声をかけると、何事もなかったようにすっくと立ちあがり、フォークリフトに乗り込みました。
 
「柘植さん、大丈夫なんですか?」
 
原田さんが心配そうに聞くと、柘植さんは暗い目をしたまま口もとにうっすらと笑みを浮かべ、無言でうなずき返しました。そしてまたフォークリフトを動かし始めました。
 
作業場へ戻ると、まだ少し気が立っている様子の梶原さんが、私に話しかけてきました。
 
「あいつのことどう思う?」
「え?ああ、柘植さんのことですか?」
「おう」
「まあ、なんていうか、暗いですよねえ…」
 
「あいつ、わしがなんぼ話しかけても無視しよるんや。もともと口をきかん奴やいうのはわかっとるけど、わしは仕事のことで話しかけたんや。プライベートなことやったら、べつに無視されたかて、わしも気にせえへんがな。そやけどな、仕事のことで話しかけたら、何か答えるのが普通やろ。なあ?」
 
「そうですよねえ。ぼくもそう思います」
「そやろ?ところがあいつは無視しよったんや。それでわしも腹立って、一発殴ったったんや」
 
梶原さんはフゥーッと重たく息をつくと、梱包作業にとりかかりました。
矢部さんはまだ少し手が震えていましたが、梅津さんは相変わらずハイテンションで作業を続けていました。
 
翌日になると、何事もなかったように、またいつもの職場の風景が戻っていました。

退職の日

あれよあれよという間に1年が過ぎました。
その年の9月、私はH商会を辞めることを原田さんに伝えました。
 
8月のお盆休みに父方の親戚と顔を合わす機会があり、そのとき、酒屋を経営している叔父から、店で働いてみないかと言われました。その年の12月に、飲食店向けの配達専門の店舗をオープンするのだと言われ、そこの配達員をやってみないかと誘われたのでした。
 
正直、迷いました。H商会を辞めたいという気持ちがなかったのです。居心地がよく、待遇になんの不満もありませんでした。月収は手取りで25万円近くあり、最も多かった月には手取り額33万円の収入がありました。公務員時代には考えられなかった高収入です。
おかげで生活は楽になり、貯金もそれなりにできるようになりました。
 
酒屋の仕事は時給1000円のアルバイトでしたが、ゆくゆくは正社員として雇ってもいいと言われていましたから、決して悪い条件ではありませんでした。しかし、H商会の居心地のよさを考えると、すぐに返事はできませんでした。
 
ところが、その後ちょっとした転機が訪れ、私は叔父の経営する酒屋で働くことを選んだのでした。そのころ私も30歳を目前にしていて、そろそろ身を固めようという気持ちがあったのかもしれません。9月の給料日にそのことを原田さんに伝え、10月いっぱいで退職することになりました。
 
 
最後の勤務を終え、原田さんのところへ挨拶に行きました。
事務所の応接スペースで、原田さんはコーヒーを淹れてくれました。
 
「なかぞの君は、こんな小さい工場にいつまでもおるような人やないよ。君の履歴書を見たときはびっくりしたわ。この会社で大学出てるのは、なかぞの君だけやで」
 
原田さんは人懐っこそうに笑うと、ズズッと音を立ててコーヒーをすすりました。
 
「君にはもっと違う世界で、バリバリやってもらいたいなあ」
 
会社の外まで見送りに出てきてくれた原田さんは、そう言うと、私の肩をポンと叩きました。
 
「ありがとうございます。今までお世話になりました。皆さんにもよろしくお伝えください。ありがとうございました」
 
私は深々と頭を下げました。
 
「ご苦労さん、今までありがとう」
 
原田さんはにこっと笑うと、軽く手をあげて見せました。
私はもういちど丁寧に頭を下げ、その場をあとにしました。
 
 
遠くのほうに駅舎の灯りが見えてくると、なんだか急に胸に込み上げてくるものがあって、思わず泣きそうになりました。
 
私はもういちどH商会に戻りたい気持ちになりましたが、それはほんの一瞬のことで、すぐに消えてなくなりました。
 
改札の前まで来たとき、私はつと立ち止まり、うしろを振り返りました。
見慣れたはずの街並みが、遠い昔に見た風景のように、どこか懐かしいものに感じられました。私はふっと小さく息をつくと、改札をくぐり、灯りのついたホームへと向かいました。



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この記事を書いた人

なかぞの

大阪府生まれ。22歳で文芸同人誌に参加。文学・アート系雑誌での新人賞入選をきっかけに作家業をスタート。塾講師、酒屋の配達員、デリヘルの事務スタッフなど様々な職を転々としたのち、現在はフリーライターとして活動中。足を踏み入れるとスリルを味わえそうな怪しい街並み、怪しいビルの風俗店を探し歩いている。

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